《今までに出撃した隊のなかには、飛行機の故障で帰ってきたのもあるが、万遺憾のないよう十分に注意せよ。また、すこしぐらいの故障で帰るようでは、意志力がたりない。……敵艦に突入する時は、目を見開いていることだ。目をつぶって突込むような者は、特攻隊になっていないはずだ》(高木俊朗「特攻基地知覧」)
清原勉少尉(当時24歳)の言葉です。こうして清原隊は、昭和20年4月16日に出撃、全12名のうち9名が玉砕したのでした。